無題

黙っていても気分が滅入るので、今後、自分の人生がどうしたら開けてくるのかということについて、今日もまた一人で作戦会議をしてみたいと思います。ぬああああ!!!!

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地元にいるせいもあって、街を歩いているとたまにかつての同級生に出くわします。母校がまあまあの進学校で、しかも子どもの頃から勉強だけはできるキャラだったこともあり、私は彼らに今の自分の立場をどう説明したらいいのかわかりません。おちゃらけたらいいのか、達観してみせればいいのか。もともと、そんなに人付き合いがマメな方でもないので、街で知り合いに会ったりすると、めちゃめちゃどぎまぎするのですが、同級生相手だとなおさら何を話したらいいのかわかりません。ていうか、ほとんどの人は「普段なにしてるの?」とか「最近どう?」とか聞いてくるんでしょうが、そんなの答えようがなくて、困ってしまいます(「お、久しぶり」「いい天気だね」「そうだね、じゃ」とか言って爽やかにすれ違えたら本当に最高だなー)。どうせ人生相談に乗ってくれるわけでもなく、そもそも自分でも自分のことをどうしたらいいのかわかってないので、もう普通の会話すらできません。一緒に仲良く登校していたあいつも、たまの休日カラオケに誘ってくれたあいつも、今、何をしてるのか知らないどころか、どんな顔して会ったらいいのかもわかりません。ていうか、あっちもどんな顔していいかわからないだろうし、そういうことを考え出すと、とてもじゃないけど自分から連絡を取って「遊ぼうぜ」なんて言えません。だいたい、他人に対して自分から連絡を取るっていうこと自体、自分の中で全然想像ができないし、どういうテンションで声をかけたらいいかとか、何から何までわからなくて困っています。もちろん誘われたら断らないんですけども。

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そもそも私は「遊びたい」っていう欲求も自分の中にある気がしないので、たまに「うまい飯食いたい」とか「温泉入りたい」って思うくらいなもんで、外に出ても何をしたらいいのかよくわかりません。「気になる店があるんですよー」って楽しそうに話してくれる人もいますが、そういう欲求を自然に持てたら人生楽しいだろうなぁ、と素直に羨ましく眺めています。「海行きたい」とか「バーベキューしたい」とか「花火見に行きたい」とかも、結局そういう欲求って「いつも一緒に遊ぶメンバー」みたいなのがいてこそ成り立つやつじゃないですか。基本的にいつも単独行動だし、「遊びたい」とかがまじでなくて辛いです。

あと田舎なので、車がないとまじで移動が限られます。車買うのにどんくらいお金が必要なのか知りませんが、そのためには働かなくちゃいけなくて、でも車が手に入ったところでおれの人生が劇的に良くなるとも思えないので、いまいち本腰が入りません。そんなんだったら都会行ったらいいじゃないかとも思うし、働くの大変だし、そもそも都会行ったからなんだよって思うし、どんな仕事したらいいのかわからないし、暑いし、という感じで、今の状況になっています。

あと、一応自分にもフェイスブックで繋がってる「友達」が200人くらいいるはずなので、そういう人たちと直に連絡を取らないまでも、楽しそうなイベントにちらっと顔出したりすれば、いい感じになれるかなぁと思ったりもしましたが、そもそも4人以上いる空間だと、途端に何を話したらいいのかわからなくなってしまうので、正直、しんどくなるだろうなぁ、という気しか起こりません。去年は、飲み会とかバーベキューとかイベントとか、割と積極的に参加していた方だと思いますが、シェアハウスに住んでいて物理的に誘われやすかったし、多少無理してでもリア充になろうと頑張っていたので、今は全然状況が違います。「遊びたい」っていうのもわからないし、「働きたい」っていうのもわかりません。なんでおれ生きてるんだろう。

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何をどう間違って、おれは今こんな風になっているんでしょうか。そんなこと言っても時間を巻き戻せるわけじゃなく、しかも、自分の力じゃどうしようもできなかった面もたくさんあったので、過ぎたことは過ぎたこととして、これからのことを前向きに検討したいところです。

ところで私は、人生っていうのは結局、自分が絶対的に孤独であることをどうやって受け入れていくか、ってことに尽きるのではないかと思っています。突然、人生の話になってすみません!でも今こそ人生について考えましょうよ!そうしましょうよ!

まず超根本的なところから考えると、私は生まれてからずっと私で、それは死ぬまで変わりません。私の考え、私の感覚、私の身体、私の記憶、それらから逃げることは絶対にできません。それに、誰と一緒にいても、私はその人が感じているのをそっくりそのまま同じように感じることはできないし、目の前にいる人が本当は何を考えて、どんな気持ちでいるのかもわかりません。相手はそれを言葉で伝えてくれるかもしれないし、相手の仕草から推し量れることがあるかもしれないけれど、でも、本当のところは絶対にわかりません。

というわけで、人間はみんな孤独です。皆、誰かと繋がったふりをして生きているけど、自分が感じていることを100パーセント誰かに伝えられるわけじゃないし、逆もまた然りです。「わたしたちは同じ気持ちです」って言うことはできるかもしれないけど、本当はどうなのかっていうことは確かめようがありません。そんなの知りたくもないし、「繋がっている」ということにした方がいろいろラクなので、そういうことにしているだけなんじゃないかと思います。誰かが自分のことをどんなときも愛してくれるから大丈夫、みたいなことは(そう思うのは勝手だけど)たぶん、ありえないと思います。

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と。こう書いているけれど、本当にそう思っていたらたぶんおれは発狂してるんじゃないかと思います。私は心のどこかで、言葉にしたら自分の気持ちが伝わるだろうと思っているし、おれが死んだら悲しんでくれる人も中には数人いるだろうと信じているし、もし死んだらブログを遺書だと思って読む人もいるんだろうなぁと思ったりしてます。そういうやつですおれは。死ぬつもりなんて全然ないけど、結局だめな自分をだめなまま愛してほしいとだけ思ってるんだと思います。うんこです。

さて、さっき見た動画で宮台真司が良いこと言ってました。「絆だなんだって言ってるけど誰かから無条件で愛されるなんてことあるわけないじゃん。おまえに損得勘定抜きにして『何があっても見捨てない』と思えるヤツがいるかどうかだろうが!」みたいなことでした。あーーーなんかもう結局おれは自分のことばっかり考えてるから誰とも繋がれないんだろうなーーー。自分から誘えないっていうのも、結局、断られるのが怖いとかそんなんが理由だもんなぁ。やいやーーーーしっかしなーーーー。

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とか言いながら、別におれは宮台信者じゃないので、自分の頭で考えていきますよ。そうするしかない。

昔からおれは「友達と一緒にいるより、友達じゃない人と仲良くしたい」というナゾのフレーズを思い出すことがありました。これには私なりの実感が込められていて、こう書きながらも本当にそうだなぁと思っています。意味わかんないと思うので説明します。

「友達」って、人間を「友達」か「友達じゃない人」かって線を引かないと、成立しない言葉だと思うんですね。でも、相手が自分のことを「友達」だと思ってるかどうかってすごく微妙じゃないですか。特におれは子供の頃から背が大きかったのもあって、なぜかクラスメートに「あきとくん」って「くん」付けされてきたのね。「くん」ってなによ「くん」って。あと「いなむらさん」とか「さん」付けられんのね。「いなむら」でいいじゃん。なんか微妙に気を遣われてんのね。

あと学生時代って何人かづつの友達グループに別れるじゃないですか。でもおれはいつもどのグループにもハマってないのね。「あ、おまえこっち入るの?」「そっちなんじゃないの?」みたいな視線を感じるのね。それがなんか辛くて今でも「友達」って言葉の「グループ」みたいなニュアンスが苦手なわけです。

ていうか、そもそも一対一なら誰とでもそれなりに楽しく話せそうな気がしてたから、友達グループって概念がなければ、バスの座席とか、修学旅行の班とか、誰でも良かったわけなのね。でもあの頃ってそういうわけにいかないじゃないですか。やーーしんどかったなーーー。

みたいなことで、「友達」って言葉がよくわからないまま、私は大人になりました。もちろん、今後とも仲良くしたい人とか尊敬している人とかたくさんいますが、「友達」って言葉を使うときは、やっぱり今でも一瞬ためらいます。「彼女」とかっていうのはまた別だけど、でもそれも同じことなのかもなぁ。それが「妻」とかになってくると、なんか変わるんでしょうか。でもやっぱりいつまでも「他人」でしかないと思うんだよなぁ。思うんですが、「家族」でも「友達」でも「彼氏/彼女」でも「夫婦」でも、お互いの関係性に名前をつけることによって何か言えなくなることができてしまうくらいなら、「他人」のままでいた方がずっといいと思うんですが、まあでもこの話は長くなるので、また今度考えます。

あとなんか、女の人って友達作るの上手ですよね(それが本当の「友達」なのかはさておき)。時々連絡取り合って、ランチしながらとりとめもない話したりしてるイメージですが、男はまじでそういうのないので、会社の人間関係とかずっと一緒にいる地元の友達とかないと、孤立しがちだと思うんですね。あとなんか見栄とかあるし、とりとめもない話があんまりできないし、小難しい話とか、一対一で掘り下げ合うような話とかは楽しいけど、そういう話ができる人はあんまりいないし、てか「男は」っていうか、自分がそうなんですけど。知らない人とでもパッと話してパッと別れたりしたいんだけど、そういうの女の人の方が得意な感じして羨ましいよなぁ。自意識が人を遠ざけるんだよなぁ。コンビニの店員さんに「ありがとうございます」ってすごくナチュラルに言えたときとかは、自分でもなんか「いい一日だなぁ」って思えたりするもんなぁ。

は!、気が付けばまたこんなに書いてしまった!気持ち悪い!!・・・というわけで、一旦終わりたいと思います!!だあああああああ!!