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9月24日(土)

いろいろあって、一旦新潟に帰省することに決めた。今は0時発の夜行バスに乗るべく、東京駅付近のマクドナルドでスマホを充電しながらブログを更新している。イヤホンの耳穴に入れる部分のカバーが片方どこかに失くしてしまったので、いまいち音楽に集中できない。眠気がひどいのに、こんなんで4時間の高速バスを耐え切れるだろうか。どうせ寝れないだろうけど、せめて音楽を聴いて、どっぷりと自分の世界に入っていたかった。

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最近はほとんど日記を更新していなかった。さすがに毎日あまりにも何もしていないと、本当に書くことがないものだ。考えてみればこの2ヶ月ほど、私は東京で何をしていたのだろう。今日で一旦都会から離れることになるけれど、興味があったイベント・場所・店にはほとんど行かなかったことになる。無論、仕事探しに関しては言うまでもない。

「自分で決めるのが大切だ」などとほざきながら、終わってみれば、決断らしい決断をすることがないまま、流されるように2ヶ月が過ぎてしまった。ここでまた反省や後悔の弁をうじうじ垂れようとは思わない。でも、たとえ都会に身を置こうが、結局それほど実りがあるとは言えない日々を過ごしてしまったのは間違いない。生きていくのは難しい。どこに行こうが、誰と居ようが、どこまでいっても自分が付いてくる。この自分とどこまでも付き合い続けていかなくてはいけない。

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先日、ふたたび祖母と電話をした。川崎での仕事のことや都会での生活ぶりなど、何気ない世間話をしていたつもりだったが、最後には「でもせっかく生きているんだから笑って生きていきたいと思っている」みたいな話になっていた。祖母と話すといつもそうなる。最近また一人、親戚の誰かが亡くなったらしい。祖母ももう高齢だ。長年連れ添った祖父ともほとんど口を利かず、足が悪いために家の中に閉じこもりきりで、一人でテレビを観たり、たまに親戚の訃報を聞いたりするばかりの毎日を過ごしていれば、さすがに気も滅入ってくるだろう。それもあってか、この時もまた何度も「実家に帰って来ないか」との熱烈なラブコールを受けたけれど、私はその度に「そういうことではないと思う」と切り返し、素直に聞き入れようとはしなかった。

祖母も私くらいの頃は、たしか俳優座に憧れていたかなんかで、東京に行くことを夢に見ていたという話を聞いたことがある。しかし結局は、母親に反対されて地元に残ることになった。父は大学卒業後、とある事情でヨーロッパに住むかもしれなかったのだが、祖母の反対に合い、家業を継いだ。そして、私だ。19歳の頃、予備校の寮に引きこもりながら完全に頭がおかしくなっていた私は、半年以上シャーペンすら握っていなかったのに、父の意向に従うまま試験を受け、気付いたら地元の大学に入学していた。私の家系では何代にもわたって親(世間)が子供の自立心を殺すという災難が繰り返されている。そうなってはならないという想いが、私の中にある。

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祖父はさておき、祖母も父も、私をとても心配してくれる心優しい家族であることに疑いはない。けれど同時に、そんな二人を「要するにただ寂しいだけなんじゃないか」と思ってしまう気持ちもある。そんなこと言ったら私だって寂しい。それに、多かれ少なかれ人間はみな「究極的には一人である」という、このどうしようもない寂しさを背負って生きていくしかない存在じゃないか、と、私なんか思う。身内とはいえ、誰かの寂しさをなんとかしてやれるほど、私には余裕がない。でもそれは、きっと誰だって、私を心配しているという父や祖母でさえ、そうなんじゃないか。

いつものように生意気に口答えばかりしていたけれど、一時間ほどの電話を終えて、祖母は「心配していたけど声を聞いて安心したよ」ととても喜んでくれた。言いたいことはちゃんと伝えたつもりだったが、私も私で、自分の考えが本当に適切だったのかどうかよくわからない。でも、子/孫であるからといって結局は個人でしかない私が、結局は個人でしかない親/祖父母の寂しさをどうにかすることなんてできない、と、どうしても思う。私の対応は冷たかったかもしれないし、そもそも仕送りをもらっている身で、一丁前なことを言える立場ではないのかもしれない。でも、電話の最後に「一人ぼっちじゃないんだよ。いつでも帰っておいで」と優しく語りかけてくれる祖母に対して、私は嬉しさだけではない、なんとも言えない複雑な感情を抱いてしまったのも、また事実だった。

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寂しさとはなんなのだろう。どうしてこんなに扱いづらく、どうしてこんなにも切実に胸に迫ってくるんだろう。真面目に考えて、きっと答えが出るはずなんてない。でも、このこと以上に重要な問いを、私は知らない。

《つづく》