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1月6日(金)

コンピューターと人間|稲村彰人|note

微妙な均衡点|稲村彰人|note

とくにSNS上でシェアしているわけでもないのにいつも私のブログをわざわざ読みに来てもらっている皆さんには無断で、これからnoteでも文章を書いてみようと思う。といってもとくに中身に違いはないのだけれど、noteで書くときは一回ずつ特定のテーマに沿って、ある程度まとまった形で文章を書いていくようにしたい。天パ日記は、全公開しているけれどあくまでも「個人的な日記」と自分なりに割り切ることで、今まであまりにも好き勝手に書き過ぎてきた気がする。でも、これからはもう少し他の人にちゃんと読んでもらえる文章も書けるようになりたい。あと、ツイッターに絵を載せるようになったことについてお前は調子に乗ってるぞと思う方も中にはいるかもしれないけれど、その件に関しても自分で色々と試行錯誤している段階なので、大目に見てほしい。「どうだ書いたぞ」という雰囲気にだけはならないようにしたい。でももしかしたらそう見えるかもしれないから、だとしたらもっと改良を加えなければならない。

と、うだうだ書いているけれど、そこまで私のことを気にしている人なんていないということくらい、自分でもわかっているつもりだ。でもこれは引っ込み思案なりのおまじないみたいなもので、エクスキューズがないと体裁を保てないところが自分にはまだまだある。

今年は自分から出していく年にしたい。出すということを意識的に行っていく年にしたい。いいねの数をものすごく気にしながら、他者からの評価を厳粛に受け止めながら、自分で信じられる何かを他者に向かって投げ込んでいける年にしたい。書いた文章を「勝手に読んでください、つまらなくても自分から読みに来たんだから文句を言わないで下さい」と言いながら待つというスタンスで、身を守ってばかりいられない。全世界が灰色に見えていた頃の自分に申し訳が立たないようなことはしたくないと思いながら、自分から世界に対して「おれという人間がいるので良かったらおもしろがってください」と、たとえそんなことぜんぜん思っていなくても自分を奮い立たせながら、自分なりに身構えて立ち向かっていけるようになりたい。天パ日記は私にとってホームだけど、noteとツイッターは私にとってアウェーだ。他者の視線に八つ裂きにされながら、社会的な自己を自らの手で作りあげていく場所だ。熱い溶岩が冷たい水に当たって固まるように、自分の中でグツグツと煮立たせるばかりでなく、冷たい水に自らぶつかっていけるようになりたい。

〈更新中〉