タウンワーク

何回目になるだろう、タウンワークを見ている。父との約束で、私への仕送りは来月から完全に途絶える(送られてきたとしても受け取らない)ことになっているので、いよいよ本格的に仕事を探さなければならなくなった。巻で暮らすことを考えると、家賃2万+水道光熱費1万+食費2万+通信費1万+その他1万と考えて、最低でも月に7万円は稼ぎ出さなければならない。私が今までの人生で稼いだことのある額は月に4万8千円が最大なので、あの頃の苦労を上回る苦労をしなければならないのだと思うと本当に先が思いやられる。今はまだ祖父母の家に居させてもらっているので生活費の問題はないけれど、やはり早めに家から出たいので、今月は精神科に通いながら現実的にその準備を始めていきたいと思う。

求人票を見ていると、まるで中学生の頃の部活動紹介みたいだなあと感じる。映っている写真の顔が皆、揃えたように笑顔で怖い。「上下関係のはっきりしている集団に下っ端として入っていく」という経験は、思えば小学生の頃からずっと苦手で避けてきたけれど、そのツケが今になって顕在化しているように思う。たかだか一年か二年先に生まれたからって何が偉いんだろうと、入った部活で全然先輩を敬えなかったことを思い出す。私は中学生の頃、イケイケな感じの友人たちが入る華やかなサッカー部に自分も入ろうとしたものの、仮入部で「これは確実に仲間外れにされる」と察知して、仕方なく内心馬鹿にしていた卓球部に「どうせおれは…」と思いながら入ったクチなのだが、あの頃の切なかった心境が今もときどき思い出されて、胸にくる。たぶん私はその時から何も進歩していない。あの時、私はどうすれば良かったのだろう。あれから十年経ち、今もまだ私はその答えをタウンワークの中に探している。

精神科の医者は、私の社会不適応の原因をADHDだと疑っているみたいだけれど、私は自分でそうは思っていない。人格形成期に染み付いた他者との距離感や世界に対する信頼感、そうした必ずしも適切とは言えない認識の枠組みが、現在の自分の認知を歪めているのではないかと思っている。私はきっと他人に拒絶されることを怖いと思いすぎているのではないか。そして出会った人すべてに対して、自分のことを良く知ってほしいと思いすぎているのではないか。長い間、私は誰も自分のことなんて理解してくれないという孤独に苛まれながら生きてきた。現に、それは真実なのかもしれない。人と人とは絶対に分かり合えず、ただ互いに自分にとって都合の良い姿を相手に投影し合っているだけなのかもしれない。でも、そう思いながら私は、何をしてきたんだろう。やはり腹の底からそう思うことに耐えきれなかったから、勇気を振り絞って他者の前に立ち、自分の気持ちをぶちまけながら手探りで信じられそうな何かを一つ一つ見つけてきたのではなかったか。今の私になら、働くこともできると思う。働けないと思ったら「やっぱり働けませんでした」と正直に謝ればいいだけのことなのだから。中学生の頃の部活と違って、限られた選択肢の中から選ばなければいけないわけでも、強制的にどれか一つの部活に入部しなければいけないわけでもないのだから。

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