八王子

午後8時18分。銭湯から上がり、店のすぐ目の前に見つけたベンチで身体を休めている。これからどうしようか。温まった身体が夜風で少しずつ冷えていく。今くらいの季節になると、日が落ちてからのほうがむしろ過ごしやすい。

地面に投げ出したリュックサックには、洗濯してからまだ一度も身に付けていない服と、既に着てもう汗臭くなってしまった服とが乱雑に混じり詰め込まれている。下着の替えがなくなったから、そろそろ近くのドンキホーテにでも買いに出掛けようか。と、さっきから何度もそう思いながら、しかし、なかなかこのベンチを離れることができない。車や自転車が私の脇を次々と通り過ぎていく。道を歩いている人たちとチラチラ目が合い、気まずくなっては視線を逸らす。こんな場所にいるからなのか、風呂に入ったばかりのはずなのに妙に心が落ち着かない。すれ違う人の目を思わず見つめてしまうのは、昔からの私の悪い癖だ。

ベンチに腰を掛けていたら、さっき自転車に乗った若者ともおじさんとも言えない風貌の男性が、いきなり「おつかれさまです!!」と野太い声を上げながら勢いよく私の目の前で自転車を停め、歩道を歩いていた少し年配の男性に猛スピードで駆け寄っていくとすかさずお辞儀をした。知り合いと顔を合わせたらしいその男性は背筋をピンと伸ばして直立しながら、相手の発する一言一言に「はい!!」「はい!!」と大袈裟なまでに大きな声で相槌を打つ。一通り話が終わると今度は「ありがとうございます!!」と声を張り上げて、相手がその場を立ち去ってからもじっと姿勢を崩さない。姿が遠く見えなくなってようやく、彼は振り返った。すれ違い様に見た彼の目はまっすぐと前を向き、私と視線が合うことはなかった。

私がそのベンチを発ったのは午後9時を過ぎた辺りだった。それから少し外を歩き、パンツを3着買って皿うどんを食べた。そろそろ今夜の宿を探さなければ。

 

二日前から漫画喫茶で寝泊まりしている。いろいろあって、先月から過ごしていた横浜にある知人の家には居られなくなった。「居られなくなった」とついつい受動態で書いてしまうあたりが、私の主体性の無さや責任感の薄弱さを表しているのかもしれないけれど、それも今の私の正直な気持ちなのだから仕方ない。「居たい」と思うだけで居られる場所でなかったのは事実だった。気合いを入れてその場所に居たはずだったけれど、結果に対して責任を取るということは案外こういうことなのかもしれない。自分で自分の責任を負うことさえ覚悟していれば、世界はどこまでも広がっていく。その覚悟が私にはまだ足りてなかったということだろう。

八王子には昨年の秋に1ヶ月ほど暮らしていたことがあった。川崎で働いていたバイト先を辞めて、今よりももっと漠然とこれからどうやって生きていこうかと迷っていた頃だった。勢いで東京に来てみたはいいものの、働く気にも遊ぶ気にもなれず、知人のシェアハウスでひたすら昼夜逆転した生活を繰り返していた。頼んでもないのに振り込まれて来る(振り込んでくれる)父からの仕送りだけが唯一の生活の糧で、生きているのか死んでいるのかわからない幽霊のような毎日を過ごしていた。

久しぶりに知人を訪れると、そのシェアハウスで運営されていた趣味の同好会が、規模を拡大してカフェ兼イベントスペースになっていた。当時の私はそんな状態だったのでシェアメイトともほとんど交流らしい交流をした覚えはなかったのだけれど、実際に足を運んでその場を目の当たりにすると、こういう風に物事は変わっていくんだな、変えていけるんだなと、なんとなく勇気付けられた気がした。

 

それから駅前の漫画喫茶で一泊した。『パンティストッキングのような空の下』という漫画が面白かった。

(更新中)