実家にて

午後6時頃、今日の分の日記を二千字以上は書いていたのに、手元が狂って全部消去してしまった。一回くらいは下書き保存をしておくんだった。ダメだもう。ダメだもう今日は書く気がしない。一部しか選択してないはずだったのに、なんで一気に選択範囲が文章全体まで広がったんだろう。それに初めてじゃないぞこの現象は。一体どうなってるんだはてなブログは。と、しばらく部屋でうめき声を上げていた。別にいつものように大した内容を書いていた訳ではなかったけれども、それでもせっかく書いた文章が消えてしまうのは辛いものなんだなあと思った。そうして私は今日の分の日記を書き残しておくのは諦めて、部屋を出て、リビングの椅子に腰を下ろし、テレビを点け、ゴッホの特集が組んであったNHKの美術番組を観ながら台所にあった豚汁の残りをすべて飲み干すなどした。

時刻は12時を過ぎた。それから私は布団の上で寝転がり、ユーチューブでいつものゲーム実況の動画を小一時間ほど観ていると、知らぬ間に眠りに落ちていた。目が醒めると、もうこの時間だった。カラカラに乾いた喉をオレンジジュースで潤して、台所でそのままになっていた洗い物を片付ける。冷蔵庫を開けると、小瓶に詰められたニンニクの味噌漬けが目に付いた。半分ヤケクソになりながら、二粒ほど手に取って口の中へと放り込む。昨日と今日で軽く十粒以上は食べているけれど、はたして私の身体は大丈夫なのだろうか。子供の頃に「ニンニクの食べ過ぎはあんまり身体に良くないから、子供は一日二粒までにしなさい」とよく祖母に言われたものだが、大人は何粒までなら大丈夫なのか教えてくれなかった。誰も何も教えてくれない。大人になるということはそういうことなのかもしれない。

 

部屋掃除をする

東京から新潟に到着したのは一昨日。昨日は疲れて泥のように眠っていたが、今日は10時頃に起床して、自室の掃除に黙々と取り掛かっていた。横浜の知人の家で生活していたときの感覚がまだ身体の中に残っているうちに取り組まなければならないことだった。

知人宅は一軒家だった。古い家で、ところどころ壁の塗装が剥げたり修繕が必要な箇所があったりはするが、家の中は整然としていて、余計なモノが一切置かれておらず、家自体が持つ静かで落ち着いた雰囲気に合うよう家具や小物や生け花が丁寧にしつらえてあった。品の良い家だった。

人間は自分の意志に従って生きているようでいて、実は環境からかなり多くの影響を受けている。掃除の行き届いた部屋に入ると、自然と背筋が伸びる。その場所を大切に扱っている人の気配を感じるからなのか、なんとなく「しっかりしなきゃ」という気分になる。逆に、ほこりまみれの空間にいると「まあ人間ってこんなもんだよね」という気分になる。横浜で生活していた頃、知人宅から歩いて十数分ほどのところにある図書館によく通っていたのだが、まさにあそこはどんよりと空気が沈んでいて、だからこそ私にとっては変に居心地の良い空間だった。暖房が点けっぱなしのまま何時間も換気をしていない部屋の、少し呼吸しづらく感じるあの感じ。平日の昼間に図書館に来るのはだいたいが高齢者か、まあいかにも働いてないんだろうなという感じの人たちで、髪の寝癖をそのままにしている人もいれば、部屋着のまま外に出てきたんじゃないかという人もいた。どちらかと言えば私も彼らと同じような部類だから、馴染んではいたと思う。鼻から息を吸い込むと、隣りに座っている人の皮脂の匂いがふんわりと漂ってくるような、そんな感じの場所だった。

私がお世話になっていた知人の家は、そこと正反対の雰囲気だった。というか、そうなってしまわないために私が家の管理を任されていたのだった(と、自分では解釈している)。平日の昼の図書館に居心地の良さを感じてしまうような私が、その仕事をどれくらいきちんとこなせたのかは分からない。しかし、私の人生においては非常に重要な意味を持つ経験になった。

ただ、経験したことをすぐに言葉にしようとすると、学校で書かされた感想文みたいに、どうしてもありきたりな表現になってしまう。だからそこで感じたことを、今の時点でこれ以上は書けない。経験がちゃんと身体に染み付いていれば、日常のふとした瞬間に思い出すだろう。きっとこれから、また何度でも思い出したり考え直したりしていくと思う。ともかく私は今日、横浜の家を掃除していたときのような気分で、自分の部屋を掃除したのだった。

 

ほとんどがゴミ

部屋は綺麗になった。知人宅で掃除をしていたときの感覚を思い出しながら自分の部屋を掃除すると、部屋にあるほとんどのモノはゴミだった。大学の実習で使っていた白衣や、一度も袖を通していない雨合羽、サイズの合わない手袋、高校の名前が刻まれたジャージ…タンスには山ほど要らない服があった。

大学の頃に着ていた服は、当時の暗い気持ちを思い出して今更もう着る気が全く起こらないから、ほとんど捨てることにした。あの頃はユニクロへ買い物に行くのにさえ緊張して、何を買ったらいいのか分からないまま試着室を何十回と往復したりしていた。すべてが嫌だったなあ。

そういえば、私は二十歳を超えるくらいまで、自分で自分の服を買うということをほとんどしたことがなかったのだった。自分の感覚で服を選ぶということが、恥ずかしくてどうしてもできなかった。たまに服を買いに行くことはあっても、自分が「カッコいい」と思っている服が他人からは「ダサい」と思われているのかもしれないと思うと、途端に自分の感性を信じられなくなった。服屋へ行くと、どうすればいいか分からなくなる。だから怖くて行けなかった。

他人から「ダサい」と思われないようにしたい。そう思えば思うほど、何を着たらいいか分からなくなる。似合ってもないくせに格好付けているクラスメートが、なによりも嫌いだった。自分を格好良いと勘違いしている馬鹿にだけはなりたくなかった。けれども明確なのはそこだけで、自分が何を「イイ」と思い、自分が自分をどういう風にしていきたいのかは全く分からなかった。

 

 

タンスを漁りながら、過去の自分を思い出す。この服はどこでどうやって手に入れたもので、その時の自分はどんな気持ちだったのか。いろいろなことを思い出す。良いことも、悪いことも。手に取ってはどんどん捨てた。気の向くままに放り込んだら、満杯のゴミ袋が6袋できた。部屋のほとんどがゴミだった。私はきっとシンプルなのが好きなのだ。自分の部屋を、ほとんど何も置かれていないシンプルな部屋にしてみたい。まずはそこから始めていきたいと思った。