喫茶店にて

14時4分。駅前の喫茶店に来た。レジにいた店員さんと目が合う。傘を畳んで歩み寄って「コーヒーを」とぶっきらぼうに頼む。声を発する寸前にアイスかホットか分かるように伝えた方がいいだろうかと一瞬思ったのだが、面倒臭くて言わなかった。が、案の定「アイスですか、ホットですか」と尋ねてくる。私は渋い顔で「ホットで」と返す。それから220円を渡してカップを受け取り、コップに冷水を注いで窓際の席に腰を掛けた。

座ってすぐに、喫茶店ってこんなに騒がしかったっけ、と思った。ここに来るのも随分と久しぶりな気がする。というか、そもそも私が今日この喫茶店にやって来たのは、こんなにも喫茶店に行くのが久しぶりに思えるなんておかしい。自分の中の何かが気が付かないうちにおかしくなっているに違いない、と、心のどこかで思っていたからだった。ひとりで過ごすのが当たり前だった頃の自分。朝から晩まで誰とも会わないのが普通だった頃の自分。あの頃の自分にあって、今の自分に無くなっているものは何なのか。自分の中から何かが欠けたのか、それとも何かが加わったのか。明らかなのは、今は闇雲にものを考えても仕方がないということだけだった。

四方から、話をしている人たちの声が聞こえてくる。無遠慮にその場に吐き出されていく声は、煙草の煙のように辺りへ広がって、ただこの場に漂う空気の質を下げているだけのようにしか思えなかった。

聞こえてくる話は、できれば耳に入れたくないものばかりだった。自分にとってはノイズでしかなくてもこの場所にいる限り周囲の声は構わず私の耳になだれ込んでくる。聞こえてくる音を止めることはできない。私は担いできたリュックサックの中から急いでイヤホンを探し出し、見つけるやいなや耳にはめた。これ以上、自分の中に異質なものを受け容れる余地はなかった。

 

 

雨が上がった。やはり空は晴れている方がいいと思う。入店してから三十分ほど経っただろうか。陽の光が、私の目の前に見える不動産屋の看板の一部を照らしていて、眩しい。階下には人々の歩いている姿が見えた。

気がつくとまた薄く空に雲がかかり、見慣れた駅前の風景に戻っていった。