新発田にて(2)

15時29分。駅前の喫茶店にて。

寝て、お節を食べ、寝て、お節を食べ、寝て、お節を食べ、を繰り返している。それ以外の時間も、スマホツイッターフェイスブックを見るか、ユーチューブでいつも聴いている音楽をまた聴くか、テレビを見るか、自分の書いたブログを読み返して誤字脱字がないかチェックするか、といった具合である。せっかく数ヶ月ぶりに家族で顔を合わせているというのに、天気や体調や料理の話題から少しも話が深まることはなく、きまずい沈黙を埋めるようにテレビからは芸能人たちの空虚な笑い声が聞こえてくる。

私が子供だった頃はあれほど食事中にテレビを付けることを嫌った祖父も、ここ十数年はすっかりテレビ浸けの生活を送るようになった。悲しいことに、祖父は楽しいからテレビを観ているわけではない。むしろテレビに映る人々や、彼らを観ている自分自身を誰よりも軽蔑している、ように私には見える。しかし、それでも祖父はテレビを付けずにはいられない。なぜか。人の声が聞きたいから、黙っていると発狂しそうになるからだ。私にはそうする気持ちが痛いほどよく分かる。今、祖父はひとりきりで施設に暮らしている。正月ということで、父が実家へ連れ帰ってきたのだった。

祖父は言う。やることがない。やりたいこともない。仮にやりたいことがあっても、今さら何かをやろうという気力も体力もない。もちろん経済的に困っている訳ではない。施設に居れば黙っていても料理が出てくるし、身体は日に日に弱っていくが、今すぐ寝込んでしまうほど辛い訳でもない。何不自由ない生活。見る人が見れば、幸せそのものかもしれない。でも。本人はそうではない。地獄の中にいるようだ、と、祖父は言う。生に執着はない。これ以上生きていたいという気持ちもない。ときに死にたいとさえ思うこともある。しかし今すぐ死ぬことはできない。考えてみれば動物のほうが幸せかもしれない。動物は考えなくていい。動物のように考えずに死ねたら一番いい。でも、自分は人間だからきっと死ぬ瞬間までいろいろなことを考えてしまうだろう。と、そんなようなことを、昨夜、酒に酔った祖父は繰り返し私に話した。

いつもそうだが、実家に長く滞在すると、心がくじけそうになってくる。せいぜい三日が限度だ。それ以上いると、こじらせてもう大変なことになる。私にはかつて家族の閉鎖的な人間関係の中で閉じこもり、実際に多くの貴重な歳月を無駄に過ごしてきてしまった苦い過去がある。私は弱い。強かったら、きっとここにこうして愚痴のようなことを書いてはいないだろう。

 

今、私は駅前の老舗の珈琲屋さんに来ている。WiFiが無料で使えることだけが売りの巷の安っぽいカフェなどとは一線を画す、昔ながらの珈琲店である。ああ、三が日だというのに開店してくれていて、ありがとうございます。

マスターの弱々しいくらいに優しい声色が、冷えてこわばった私の心と体に沁み入ってくる。やはり昼下がりはこうでなくてはなるまい。家のリビングのソファで、ガスストーブの熱気にもんもんと焚かれながら、どう考えたってつまらないテレビ番組を、つまらないという感情を噛み殺しながら観る、そんな場合ではない。玄関から出て行こうとする私に掛かる「どこに行くの?外は寒いよ」という家族のさりげない一言も、振り切ることができて良かったと思う。

本来であれば、彼らに対して、外の世界はもっと驚きと豊かさに満ちているよ、と伝えられる息子・孫でありたかった。私が家族に対してつい批判的になってしまうのには、彼らが言外に発する私への期待にうまく答えることができない自分自身に対して、なんとも言えない罪悪感のような気持ちを抱いてしまうから、というのもあるのだろう。

尊重はしても、迎合はしない。たとえ血縁は繋がっていようとも、私たちは別々の人生を生きている。

 

やはり三日も実家にいると、一度断ち切ったはずのかつての関係性が次第に元へ戻ってしまいそうになる気配を感じる。まず、物理的に距離を取ること。それから、互いに干渉し合うことなく意思決定すること。どれだけ親しい間柄でも、人と人とが互いに互いを個人として認め合いながら生きていく、ということの大筋は守るべきだと、まずは自分に言い聞かせる。実家にいると、「自分のことは自分でやる」という個人として生きる上での原理原則がじわじわと切り崩されていくのを感じる。血縁家族としての「情」が、近代的な個人としての「自由」を制限していく、わざわざ知ったような言い方をして書くと、そういう構図である。簡単に言えば、私が周囲から差し伸べられる気遣いに簡単に甘え過ぎている、という、ただそれだけのことなのだが。

こうして言語化しておかなければ、今頃自分がどうなっていたのか分からない。それは「優しさ」の名の下に、気を抜くとすぐに私の懐へ忍び寄ってくる。言葉は何のためにあるのか。切断するためだ。他者と適切な距離を取るためにこそ言葉はある。

 

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突然だが、今いる場所の写真を掲載する。そういえば、以前から、今の自分に足りないのは視覚的な感受性なのではないかという気がしていた。この日記に関しては、ひたすらテキストのみに意識を集中させていこうと思ってはいるけれど、今回は実験的に載せてみよう。こんな場所で私は今日の日記を書いている。写真も、もっと上手に撮れるようになりたい。

 

20時23分。実家。

実家といえども、ここは父の家だ。この場所で一番偉いのは父である。それはつまり、この場所に文句があるのなら最終的には私が出て行くしかない、ということだ。そういう世の道理的なことが、去年の夏頃からようやく私にも身に沁みて分かるようになってきた。筋を通す、ということ。どんなに親しい間柄でも礼儀や節度を忘れてはならない、ということ。横浜での生活を経て、人間社会の仕組みのようなものが少しずつ分かりかけている。

 

ふと、祖父のことを思う。昨夜、一通り弱音を吐き出し終えた祖父は、ずいぶん酒に酔ったのか、それからすぐにふにゃふにゃの笑顔を見せて布団に入った。小さな子供のような、呆けた笑顔だった。私はこのどうしようもなく不器用な祖父を嫌いになることができない。

 

今、一階のリビングから、なにやら父と祖父が小競り合いを起こしているような気配が伝わってくる。自己主張し合う男たちの姿が目に浮かぶ。それぞれの立場と心情を考えたときに、相手の言葉にいちいち親身になって寄り添うことができないのは私にも分かる。が、それにしても、お互いがわざわざ感情的にならなくてもいいことで衝突し合っているように見えるのは、おそらく私の見間違いというわけではないだろう。怒りをぶつけ合ってもどうにもならない。そんなことはお互い分かっているはずなのに、それでもやってしまうということは、どういうことなのだろう。

相手の話は聞かないのに、自分の話を聞いてもらえないとすぐにすねる。自分も相手に不満があるのに、相手が自分に不満を持っているということを、あえてことさらに問題にして、相手に対して過剰に防衛的になり、むしろ攻撃する。自分の心情を穏やかに言葉にすることができず、本音を口にしようとすると怒るか泣き言を言うしかなくなる。私は彼らに、男、というものの悪い側面を見る。男はどうしてこうなのか。私は彼らのように生きたくなかったから、いや、そうなりたくても、私にはそうなる余地がなかったから、今のこの生き方を選んでいるのかもしれない、と思う。