四月十三日

15:14 〇〇コーヒー店(野毛)

昨日、港北区図書館でいつものようにうだうだしていたときに、「中央図書館で読書会を開催しています」とのチラシを見つけた。べつに読書会には興味はなかったのだが、「横浜には中央図書館というところもあるんだなあ…」と気になって、チラシを一枚もらってポケットにしまい込んでいた。

おしゃれな服屋や、おいしいレストランには、むしろ気が引けてなかなか足が伸びないけれど、図書館となると話は別だ。無料で入れて、たくさんの本があって、建物が広い。都会の図書館は、経験的に、建物自体の作りが古臭く、私のように金のなさそうな人たちが吹き溜まっているという印象があるけれど、それでも行ったことのない図書館が近くにあると分かると、つい足を運びたくなる。

発想は不登校児と同じだ。家にも、社会にも、居場所がない。そんなときは図書館だ。そこに行けば、一生かかっても読み切れないほどの膨大な数の書籍がある。私はべつに無類の本好きでも読書家でも本の虫でも活字中毒でもなんでもない。ただ、自分にはまだ知らないことが山のようにあるということを、蔵書の量でわかりやすく見せつけてくれる図書館が好きだった。

 

今朝、ズボンのポケットに入れていたそのチラシをたまたま見つけたということもあって、今日は気になっていたその横浜市中央図書館というところをなんとなく目指すことにした。

12時過ぎ、桜木町駅付近へ足を伸ばす。ここに来るのはおそらく3回目くらいのはずだ。駅付近の様子は、横浜よりここら辺りの方が、その土地の雰囲気のようなものを感じられるような気がして、どちらかと言えば興味を惹かれる。横浜駅付近は大型の百貨店やデパートがやたらと連なっているという印象で、ただ商業的な匂いしかない。それに比べたらこの駅付近は、それ以上の何かがあるような気配をなんとなく感じる。その何かが何なのかは、異邦人の私にはまだ分からないわけなのだが。

図書館を目指して街を歩く。途中、なんとか自力で目的地まで辿り着こうと歩いていたら、駅前のよく分からないおしゃれな商業ビルにいつの間にか迷い込んでいた。おしゃれなものに興味はないはずなのに、なぜかどこに行っても吸い込まれるようにまず商業ビルに入り込んでしまうのはどうしてなのだろう。

知らない土地に行くと不安になる。不安になると一呼吸を置きたくなる。どこで呼吸を落ち着かせるのか。外界から仕切られて、独りきりになれる場所。座れたら尚いい。となると、思いつくのはいつもトイレだった。できるだけ清潔なトイレの個室に座り込んで、まずは心を落ち着かせたい。そんなような思考回路で、私は馴染みのない駅に降りたときなど、とりあえず近くに見つけた商業ビルの中のトイレへ向かっていく。

トイレで身支度を整えた後(思った以上に外が暖かかったのでズボンの下に履いていた股引を脱いだ)、諦めてスマホで調べることにして駅反対方向の道を歩いていくと、今度はなぜか私のような者には明らかに場違いな古めかしい喫茶店に知らぬ間に迷い込んでいた。

競馬ファンに特化した喫茶店なのだろうか。壁正面にでんと掲げられたテレビ画面にはひたすら競馬中継が流れている。お客さんも競馬情報の書かれた新聞を手に持った、おじさんらしいおじさんばかりだ。皆、似たような格好をして腰掛けている。真剣にテレビを見つめて、ときどき「あー」とか「よし」とか「なんだよ」とかいう声を微かに漏らす。客の中で明らかに私だけが浮いている。異空間だった。少なくとも、私が知っている喫茶店というものとは明らかに違う。コーヒーの味に詳しくはないが、頼んだアイスコーヒーが旨くないことだけは分かった。

 

16:31 中央図書館

茶店から歩いて目的の図書館まで来た。この街のことは知らないが、途中でストリップ小屋のような場所を横切ったのは分かった。おそらくここは、いかがわしいエリアも結構たくさんある街なのだろう。図書館も例によってどことなく古臭い趣きだった。地元にある改築された図書館が隅々まで清潔に整っているのとは対照的だった。

見知らぬ街の図書館へ来ると、地元でよく通っていた図書館を反射的に思い出す。高校生のころに受験勉強をしに夏休みに毎日通っていた図書館は、もう十年ほど前に閉鎖されてしまった。代わりに駅前に新設された図書館は、私が大学を中退し、実家に身を寄せるようになってからよく通うようになった。私の地元は、私が物心つく頃にはとっくに滅んで郊外化していたはずの寂れた地方都市のくせに、中心部の行政施設だけはやたらと手の込んだ現代建築に姿を変えていく。新しい図書館は窓が大きく、光をよく取り込んで開放感があった。屋内は隅々まで掃除が行き届いていて、床に寝そべっても構わないくらいクリーンな印象。それに対して昔の図書館は、外壁は重厚な煉瓦造り、屋内は薄暗くて少し埃っぽかった。地元の図書館は私が実家を離れている間に、かなり大きく雰囲気が変わった。

この図書館は、昔の地元の図書館と、少し雰囲気が似ている気がした。時代の流れから何世代も取り残されたような、懐かしくて、どこか気だるい雰囲気が漂っている。換気が十分されていない、室内のこもった空気の匂い。埃を被った照明の薄暗さ。擬音でいうと、ズーンとか、モアっととかそういう感じ。今から新しく建物を建てるなら、きっとこんな施設は作らないだろう。そこに流れる雰囲気が今の世の中には似つかわしくないものだからこそ、私にはむしろ逆に馴染みやすいような感じがした。若いというだけで私を甘やかしてくれるような、年老いたひとの弱々しい優しさ。そういうものに近いと言ったらいいのか。

五時に閉館だというから、もう出なければならない。明日また来てもいいし、もう二度と来なくてもいい。一日が終わるのは早い。