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10月27日(木)

最近バタバタして忙しかったけど、昨日、死ぬほど画面が割れていてストレス溜まりっぱなしだったiPhoneをようやく新品に交換できたおかげで、ひさしぶりにブログを更新する気になっているおれです。おはようございます。父含め、何気に読んでくれている人がいるらしいこのブログですが、そんな人たちの顔が目に浮かぶと、まじで何も書く気が起きなくなるので、今、かき消しては浮かんでくる一人一人の顔を必死で打ち消しながら文章をしたためています。

読んでほしくないわけじゃないけれど、積極的に読んでほしいとはとてもじゃないけど言えない。そんな文章をあえて誰でも読める場所に置いてみたっていいじゃないか。どうせいつか死ぬのなら、わめき散らして死のうじゃないか。最近、ある方から「ダウナー系コミュ障」というネーミングをもらって妙にしっくりきてしまった私ですが、一人で考えすぎて勝手に煮詰まって死にたくなるくらいなら、考えたことを片っ端から書き出すくらいの勢いで、いつものようにとりとめもない話をしていけたらと思います。前置き長くなりました。

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前回の投稿から、早2週間が経とうとしています。東京での生活を終え、いろいろなことを仕切り直すべくひとまず新潟の実家に帰宅していた私は、季節の変わり目ということもあって数日体調を崩して寝込んでいたところまでは良かったものの、勢い余ってそのまま人生のあらゆることに対して無気力になってしまい、いつものように昼夜逆転スマホ廃人生活に突入しようとしていました。そんな折、ここぞとばかりに前々からお世話になっている方(以下、K氏)から連絡があり、その3時間後には彼の家に遊びに行き、その翌日には彼と彼が連れてきた数人らとともに佐渡ヶ島へ向かっていました。

日記を更新していなかったこの2週間、私は主にK氏の案内する佐渡の一軒家で生活し、彼らとともに農作業の手伝いをしたり、気が済むまでこたつでぬくぬくしたりする日々を過ごしていました。生産的なことを何一つ期待されない聖域のような空間で、澄んだ海が青色ではなくむしろ緑に近い色をしていることを見つけたり、自分が飛蚊症であることを忘れさせるほど見事な満天の星空に、思わず目を奪われたりしていました。今、電車に乗りながら文章を書いているのですが、家から徒歩10秒で海に行ける佐渡での生活は、多くの人たちが耳にイヤホンを付けながら手に持ったスマホの画面を黙って見つめているというこの電車内の風景とは、わかりやすく対照的でした。

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佐渡から帰って来た私は、しばらくまたK氏の自宅にお邪魔したのち、昨日、自分の実家に戻ってきました。特筆すべきこととしては、駅から家までの道を、歩いて帰っても良かったのにあえて(家にいるときは話しづらくても車内ならまあまあ話ができるのではないかという期待を込めて)実家にいる父に連絡を取って迎えに来てもらったあたりに、自分の、少し今までとは違う心境の変化があったような気がします。それから家で、テーブルの上にあったカップラーメンにキムチを入れて食べたり、テレビの脇に保管してあったクッキーを食べたり、テーブルに転がっていた温泉まんじゅうを食べたりして、寝ました。

今朝は9時ごろに目が覚め、それから久しぶりに祖父母の家に行き、祖父に「今なにをしてるんだ?」「大学は辞めたのか?」「仕事はしてないのか?」というようなことを一通り質問されたり、祖母に「もしものことがあったら大変だから…」「何事もお金がないと始まらないから…」とおそろしい額の「小遣い」を持たされそうになったりしながら、今は電車に乗って再びK氏の家に向かっています。

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K氏の家に着いて、K氏の彼女的な方から「なんか社会性が身に付いてきたみたいだね!」という死ぬほどありがたい言葉をもらってウキウキしていた私ですが、私が選んだDVDをみんなで観るというシチュエーションになって、「やばい…!ぜんぜん面白いという保証がない映画を借りて来ちゃったけど、たぶん、いや絶対面白くないからやばい!これはやばい!」といたたまれない気持ちになっているおれです。どうしてだろう。新潟のシェアハウスに一年くらい住んでいたときも、何度もみんなでDVDを観たりしていたけれど、そのときも私が選んだ映画をみんなで観ることはあまりなく、自分が選んだ映画はなるべく自分だけで観ようとしていました。わかるでしょうか。この、自分で選んだものに対して自信が持てないから、誰かにつまらない顔をされたら一瞬で全てをなかったことにしたくなるこの感じ。いやーいたたまれなくて映画がぜんぜん頭に入ってこない。一緒に観ている人の顔色が気になりすぎてもーーー気が気でない。どうしよう、もう。とりあえずは、でも、この状況を受け入れるしかない、か。ああ。つまらなかったら「私はつまらなかった!」おもしろかったら「私はおもしろかった!」とだけ淡白に言い放って、それで済ませられるような人間になりたい。「つまらない映画を観せてしまったら面目まるつぶれだ!」というような、自分をよりよく見せようとしまう自分の弱さと、今まさにぶち当たっている私でした。おやすみなさい。