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父性・母性

近々、姉が出産を迎えるらしい。新潟でいつもお世話になっている方も先日お子さんが産まれたそうで、最近はなんだか私の周りでおめでたい話が相次いでいる。こうなってくると、私も自然に「親になるってどういうことなんだろう」「自分に子どもができたらどうするんだろう」というようなことを考えずにはいられない。まだまだ子どもだなあ、なんて思いながら今日まで23年間生きてきて、今年で24歳になるわけだけど、よく考えてみれば、とっくにもう親になってもおかしくない年齢になっていたのだった。人生は、始めようとなんて思わなくも、もうずっと前から勝手に始まってしまっていて、そして、知らない間にどんどん先へと進んでいく。何もしなくても勝手に進んでいってしまうこの人生を、どうにかして自分の手に収めるために、私は改めて自分で自分の人生を始めていかなければならない。どのような自分でありたいのか。子となる人に対して、どのような生き様を見せるのか。父とは何か、母とは何か、家族とは何か、どのような働き方・暮らし方が望ましいのか。自分一人だけの人生であったのならまだしも、いつか自分が大切だと思う人と関わりながら共に生きていくのだということを考えれば、やはり今のような生き方ではマズいのではないかという思いが胸の底から湧いてくる。

父性とは何か、母性とは何か、ということを最近よく考える。おそらく以前、何かの心理学の本を読んでぼんやりと記憶している内容だと思うのだけど、自分と他者というものがあったとき、母性の役割とは繋がること(両者が同じ存在であることを強調すること)、父性の役割とは繋がりを断つこと(両者が違う存在であることを強調すること)なのではないかと思っている。家族というものが一つの集団である限り、どこかで必ずウチとソトを分ける基準が必要になってくる。つまり、ある一人の人に対して「お前は仲間だけどお前は仲間じゃない」という判断を下さなければならない局面が必ずある。その判断を下すのが、父性だと思う。それがなければきっと集団が集団であるということの意味を失ってしまう。逆に母性的な感性とは、その辺をうまくぼかすというか、まあいいじゃないですか別にという感じで良い意味でなあなあにするという機能があるように思う。ちなみに男であっても母性的な人もいるだろうし、女であっても父性的な人もいると思うので、「生物学的に男/女だからどう」という話をここでしたいわけではない。私なんかは割合に母性的なところが強いタイプの男なんじゃないかと自分で勝手に思っている。単に、優柔不断というだけのことかもしれないけれど。

ここまで書いたら、エニエスロビーでルフィとウソップが決闘をしたときに、ルフィがウソップを殴り倒したあとで、ゾロに「重い…」とだけぽつりと呟いた場面が頭に浮かんできた。ゾロは「それが船長(キャプテン)だろ。お前がフラフラしてやがったら、おれたちはどうりゃいいんだ」みたいなバシッとしたことを言って、それからルフィは声を出さないようにして泣くのだけど、ああ、あのシーンはとても良かったなあとしみじみ思う。ていうか今でこそポピュラーになりすぎてちょっと距離感ができてしまった感じがあるけど、なんだかんだ幼少期から思春期まで漫画と言えばワンピースしか読んでこなかった人生を送ってきたから、こうやって考え事をしているときにふと思い浮かんでくるのはやっぱりワンピースなんだなあ。その後、ウソップが仲直りをしたがっているという話を人伝てに耳にしたルフィが「じゃあさっさとウソップを連れてこよう」みたいなことを言うのだけど、ゾロが「ちょっと待った」みたいな感じで制止して「一度完全に仲間でなくなった人間をもう一度仲間に入れるのであればそれなりにケジメを付けるべき」みたいな感じのことをバシッと言う。あれとかもまさにゾロは父性的だなあという感じがする。ケジメを付けるという場面はいつか必ずどこかで必要になる。私も、そろそろだなという気がしている。