成田空港にて

保安検査場付近にある休憩スペースのような場所で、ぼんやりとした時間を過ごす。空調が少し暑くて、着ているセーターの腕をたくし上げながら、スマホの画面のキーボードを打っている。日記を書くのは久しぶりだ。きっとこんな風にぼんやりとした時間を過ごすのが、久しぶりだからなのだろうと思う。

周りでは、いろいろな国籍のいろいろな年代の人たちがイスに座ったりソファに寝転んだりスマホを覗き込んだり一緒にいる人と話したりしている。寝転がることができるソファや、充電ができるスペースの数には限りがあるから、そろそろ私もどちらかの場所に移動した方がいいはずだよなあと思いつつ、面倒臭くてこのテーブル席の椅子から離れることができない。

この椅子には、さっき近くのファミリーマートで買った唐揚げ弁当を食べるために座った。その前にコンビニでパンを買い食いしていたから、べつにあの唐揚げ弁当は食べなくてよかったなあと食べながら思った。でも、そのファミリーマートは店員さんたちの雰囲気がなんだか柔らかくて、それを垣間見れたのは良かった気がした。

レジで、私の会計を担当してくれた女性の店員さんが、他のもう一人の女性店員さんが後ろを通るときに邪魔にならないよう少し前方に身体をずらしながら、小さな声で「ごめんね」とつぶやいていたのが聞こえてきた。あの時の「ごめんね」には、焦りや緊張した感じがほとんど含まれていなかったような気がして、あの二人はきっと「ごめんね」なんてわざわざ言わなくても許し合えるくらい親しい間柄なのだろうと勝手に想像した。そういえば一緒に働いていた外国人の男性店員も随分と人の良さそうな顔をしていた。穏やかで控えめな笑みを浮かべながら、カラになった何かのケースを三個くらい重ねて運んでいた。

 

さっきから向こうでいびき声が聞こえる。どんな場所で聞いてもやっぱりいびきの音は嫌いだなあ。私が私である限り私はこの音を永遠に嫌い続けるのではないかと思う。私が自分自身の趣味の好悪に関することで、これほどきっぱり断言できることはそんなに多くない。どうして私はいびきが嫌いなのだろう。いびきの音それ自体が嫌いなのか。それとも、いびきにまつわる思い出が嫌いなのか。いびきにまつわる思い出と言えば、幼い頃、隣で眠っている父があまりにも大きな音でいびきをかいて寝るに寝られなかったから、起こさないよう注意を払いながら力加減を工夫して、父の横っ腹を蹴ったり叩いたりしていたことがあったのを今思い出した。たしかにあれは嫌な思い出だった。眠れない夜は昼の何倍も長く感じられた。瞼を閉じても開いても目の前には真っ暗闇の世界が広がっていて、不快で異様な低音が、どこからともなく、規則的なのか不規則なのかよく分からない間隔で聞こえ続けていた。隣りに横たわる父は異音を発する不気味な塊だった。他の誰もが眠りの中にいて、私だけがじっと独りでその音を聞いていた。世界の中に自分がたった一人で取り残されたみたいで、なんだかそれがとても恐ろしいことのように思えたのだった。

ところでせっかく成田空港まで来て、久しぶりに日記を更新しているのに、「どうしてそうなった」とか「これからどうする」だとか肝心なことに触れず、さっきからずっとどうでもいいことを考えては書き続けている自分ってどうなんだろうと、ふと思う。でも、こういう風に何の作為もなくただ思い付いたことをそのまま書くのってラクだし気分が良い。自分のつまらない話を最後まで遮らずに聞いてくれる、どこまでも器の広い親友と話しているような気持ちになる。その親友がちょうどいいタイミングで刻んでくれる相槌のリズムに合わせて、「今日はこんなことがあって…」とか「今こんなことを考えていて…」とか「最近はこんなことが気になっているんだけど…」とか、取り留めもない話を思い付いた順に話し続ける。もちろん、日頃それなりに気に掛けている体裁だとか見栄だとか礼儀だとか人間関係におけるアレコレだとかといったものは一切考えない。その親友は嫌な顔一つせずただうんうんとうなづいて、私の発する言葉の一つ一つを丁寧に拾い上げながら呑み込んでくれる。私のイガイガした感情は少しずつ均されていく。そんな風に文章を書いていけたらいい。

でも今ちょっと思ったのだけれど、そんな風にただ話を聞いてくれるだけの人って、果たして本当に親友と呼べるのだろうか。親友、というより、ただの都合のいい人なのではないだろうか。自分のしたい話をしたいだけして満足できるなら、きっと相手が誰であっても構わないだろう。相手が誰であっても構わないような話を一方的に聞かされつづけるのは普通に考えたら苦痛なはずなのに、それでも相手が黙って自分の話を聞いてくれているとすれば、その人の心にはなんらかの負担が掛かっていることになりはしないだろうか。

急に不安になってきた。この文章も大丈夫だろうか。久しぶりに書くからなのか、いまいち要領が掴めないまま取り留めもない話を延々と書き進めてしまっている。とりあえず今日はこの辺りにして今夜はここで夜を明かしたい。明日は9時15分発の便で鹿児島まで向かう。

 

 

起きた。髪と顔がギトギトして気持ち悪い。時間的に出発までまだかなりあるのだけれど、ソワソワして早く飛行機に乗ってしまいたい気分になっている。空港は午前4時を過ぎたくらいから、定刻通りに搭乗ゲートを通過するよう注意を喚起したり、荷物の再検査が必要な誰かの名前を呼んだり、日本語やら英語やらの早口のアナウンスが続々と流れるようになった。緊張している人の声を聞いていると、こちらまで緊張してくるから心臓に良くない。休憩スペースに集まる人も増えて、辺りは一挙に騒がしくなってきた。ビニール袋の擦れる音やらお盆をテーブルに置く音やら皿を重ねる音やらキッチンタイマーの鳴る音やらいろいろな人の話し声やら、人間の発する無数の音が雑多に混ざり合って、空間全体が慌ただしくなっている。搭乗時刻まであと二時間ほどあるのだが、私はもう保安検査場に入ってしまっても構わないだろうか。さっさとこの場を離れたくて仕方がない。飛行機が久しぶりということもあるだろうけれど、こんなに不安な気持ちになるなら、もしかしたら俺ってそんなに旅行が好きではないのかもしれないと思い始めている。

 

居ても立っても居られなくなったので、出発までまだ一時間半くらいあるけれど保安検査場を通過することにした。皆がコートを脱いでカゴに入れたりスマホと財布は別のカゴに入れたりしていたから、よくわからないけどとりあえず同じことしたら、入れた。いやあああよかったよかったあああああ!!!!!!!!もうあと乗るだけだからかなり楽。
(更新中)