福岡にて(2)

財布を失くす

汗が吹き出て止まらない。本当に喫茶店のご主人が素晴らしい方で良かったと思う。警備スタッフの方も、インフォメーションセンターの方も、福岡県民も、素晴らしい人ばかりで本当に良かった。死ぬかと思った。生きていて良かった。

さきほど少し気分を変えようとタリーズまで歩いて行ったのだが、レジでアイスコーヒーを注文した後、リュックサックの中をいくら探しても財布がまったく見つからない。不安が胸の底から湧き出してきて、やばい、本当にこれはやばいと思う。店員さんにしどろもどろで「すみません財布を無くしてしまったみたいで今お金を払うことができないのですが注文を無しにしてもらってもいいですか?」という趣旨のことをつっかえづっかえ話して急いで店を出て走る。店員さんが笑顔のまま硬く表情を変えなかったところを見るに、私の言葉は彼女に届かなかったのだろう。冷たい視線が身体を刺す。けれど今はそれどころじゃないと、熱い心がそれを跳ね返す。全身から嫌な汗が吹き出すと同時に「なんとかしないと本当にやばいことになる」という至上命令が突然頭上から降ってきて視界が一気にクリアになるのを感じる。ぼんやりと考え事ばかりしていた数分前が嘘みたいに、世界が緊張感で張り詰める。

頭の中にさまざまな思いが浮かぶ。財布を落としている人がいたら拾いたいなんて悠長なことを言っていた自分のクソさ。クレジットカードとキャッシュカードを急いで凍結しないとやばいという不安。お金がなくなったらどこで眠ればいいんだろう。どうやって帰ればいいのだろう。交番では眠らせてくれるのか。ヒッチハイクで帰るしかないのか。SNSで呼びかけたら誰かが手助けしてくれるのだろうか。財布はどこで落としたのだろう。少し前までいた施設のトイレか、それともソファがあったスペースなのか。廊下や道端だったら望みは薄い。まず交番へ行こう。ダメなら家族か頼りになる人へ連絡を取らねば。それにしてもまたやってしまった。また財布を落としてしまった。俺は普段からもっと緊張感を持たないとダメだクソ。何をやっているのか。クソだ。

そんなことを思いながら先ほどまでいた施設「アクロス福岡」へ着く。入った覚えのあるトイレに入っては個室を一つ一つチェックするが財布は全く見つからない。いよいよやばい。本当にやばい。しかしこういう時は不思議なもので、全身から汗を吹き出しながらやばいやばいと唱えている深刻な顔をした自分の横で「こういう瞬間を待っていた…!」と言わんばかりに変にテンションが上がっている自分もいた。尻に火が付くとはまさにこういうことかという具合に、そのときの私には兎にも角にも財布を探すという一つの強烈に明確な目的しか目の前になかった。しどろもどろになりながらインフォメーションセンターの女性に「この施設を通った際に財布を失くしたと思うのだが探してもらえないか」という趣旨のことを必死で伝える。取り乱している無様な男に一切共感することなくマニュアル通りに警備スタッフへ電話をしてくれるその女性の話しぶりには不思議な頼り甲斐があって、その会話の様子から「もしかしたら、見つかったかも…」と淡い期待を抱きながら彼女が受話器を置くのを待つ。しばらくして「お名前と、落とし物の特徴を教えていただけませんか?」と訊かれたので「稲村彰人です黒の長財布です」と即答する、と、「それらしいものが警備スタッフの元に届いています」とのことで安堵と歓びで全身を震わせながらインフォメーションセンターの女性に感謝の意を伝えて警備室まで走る。財布を受け取って警備スタッフの方に感謝の意を伝えて、インフォメーションセンターに戻ってふたたび女性たちに感謝の意を伝えて、警備室まで届けてくれた喫茶店のオーナーに感謝の意を伝える。ということがあったので取り急ぎ書いた!いやああああ本当に良かった!!!!!

(更新中)